福岡地方裁判所小倉支部 昭和54年(モ)810号 決定 1979年7月06日
原告 甲野花子
被告 乙山運送有限会社
右代表者代表取締役 丙川一郎
右訴訟代理人弁護士 五神辰雄
同 清水規廣
主文
本件訴訟を横浜地方裁判所に移送する。
理由
一、本件移送申立の趣旨及び申立の理由は別紙記載のとおりである。
二、そこで案ずるに、本件記録を検討すると、本訴は原告の亡夫甲野太郎の自動車事故による傷害、死亡を原因とする損害賠償請求事件であるところ、右事故の発生場所は川崎市内とされていること、そのうえ、本訴では、右事故の態様のみならず亡甲野太郎の業務起因性、業務遂行性も重大な争点になっており、証人等の数も少くなく、しかもその大部分は川崎市ないしは横浜市近辺に居住している蓋然性が高いこと、場合によっては事故現場の検証の必要性も存すること、更に、原告は北九州市に居住しているが、本件提訴と相前後し、川崎南労働基準監督署長を被告として横浜地方裁判所に本件と同一事故に関し労災保険不支給決定取消請求訴訟を提起し係属中であって、原告は同訴訟のため右裁判所に出頭していること、しかして、原告は昭和五三年一二月二一日当初本訴を受理した横浜地方裁判所川崎支部宛に本件を横浜地方裁判所の右行政事件とともに審理されたい旨の上申書を提出していること、なお被告の住所地は川崎市であること、が認められる。
これらの諸事情を総合すると、本件は当裁判所よりも横浜地方裁判所で審理する方が、証人等の出頭の確保を容易にし、証人等に支給すべき費用や検証の費用等も節減し得るばかりか、被告の遠隔地への出頭も回避でき、他方原告にとっても横浜地方裁判所での右行政事件の係属等を考慮すれば、本件を同裁判所で審理することによってあながち不利益を蒙るとも言い難いものがある。
そうすると、本訴については民事訴訟法三一条により著しい損害又は遅滞を避けるため、横浜地方裁判所へ移送するのが相当と言うべきである。
三、もっとも、本件は既に横浜地方裁判所川崎支部において昭和五三年一二月一日受理され、昭和五四年一月二六日同裁判所により当裁判所へ移送する旨の決定がなされたものである。
そこで、民事訴訟法三二条の規定との関係上、当裁判所において更に移送決定をなし得るか否かの問題を生ずるのでこの点につき付言するが、本件記録によれば、右川崎支部による移送決定は同支部が本件受理後被告に対し訴状を送達しないままなされたこと、従って又移送決定は被告に告知されていないこと、その後昭和五四年二月一二日当裁判所は本件記録の送付を受け、同年二月一九日訴状を被告に送達したことが認められ、以上の事実によれば、本件は訴状が被告に送達された右同日当裁判所において初めて係属したものであって、右川崎支部の移送決定は訴訟係属前になされ、被告に即時抗告の機会も与えられなかったものと言わざるを得ない。
ところで、民事訴訟法三三条、三四条一項の規定に鑑みると、同法三二条にいう「移送を受けたる」とは訴訟係属前に移送を受けた場合を含まないものと解するのが相当である。
そうすると、右川崎支部のした移送の決定は民事訴訟法三二条所定の移送には該当しないものであり、当裁判所が更に本件移送決定をするについては同条の制約を受けないと解すべきである。
四、よって、本件移送の申立を相当と認め主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 森林稔 裁判官 豊田圭一 熊田士朗)
<以下省略>